端のほう
たとえばチクワのような細長いもの。仮に四つに切るとしよう。こうなる。
@端 A途中 B途中 C端 @とCが好きだ。チクワを切るときには、たいていはなぜか斜めに切る。三角形みたいな@とCが、平行四辺形みたいなAとBよりも好きなのだ。トンカツ屋へ行く。ロースカツ定食を注文すると、六つくらいに切ってあるのが出てくる。
@端 A途中 B途中 C途中 D途中 E端 好きなのは、@とEである。トンカツ屋で一口カツ定食を食べたことがあった。小さなカツが二つに切ってある。
@端 A端 おしまい! こういうのは、もちろん両方好きである。刃物
こういうものが好きだというと、危険人物だと思われるのがオチであるが……。
石鹸や消しゴムは使えば使うほど小さくなる。その小さくなった姿に、無性に親しみや愛着を感じたりする。 ナイフや包丁だって小さくなるのである。使えばすり減るはずなのである。一本のナイフを、包丁を、もうこれ以上は使えないというところまで使い込んで小さくする。一生かかっても使い終わるということは不可能に近いから、これはもう夢のような話である。何世代にもわたって一本の包丁を継承し、ついに消滅させたなどという話もあまり聞かない。 どこの家庭の台所にも、人の一生をはるかに超えた壮大な夢がころがっている。【追補】
たまたま手にした『週刊現代』(講談社)2005年4月2日号の後ろのほうに、三井住友フィナンシャルグループの広告が載っていた。
一位 水倉本聰氏の文章である。一部を引用させていただく。
―― 富良野塾塾生数十人に、生活必需品を十ずつ挙げよと問い、出てきた答を集計して一位から並べたアンケートの結果である。僕はこの答えがひどく嬉しかった。
倉本氏は省略した後段で、塾生の答えの第十四位に「人」というのが出てきて、さらに感心させられたというのであるが、そのことはさておき、ここではナイフが第三位に入っていることに注目したいと思う。
一位の水。生命の誕生のときからずっと不可欠のもの。二位の火。これは、50万年くらい前の原人の段階から使用されていた。そして、三位のナイフは、石器もナイフの一種であると考えれば旧石器時代からということになり、新石器時代に始まった計画的な食糧生産よりも歴史が古い。四位の食物よりも上位にあるのは至当なことである。