クビ


 以前住んでいた賃貸のアパートには、1階・2階にそれぞれ3世帯ずつ、計6世帯が住んでいた。仮にAアパートとでもしておこう。隣には2世帯×2階のBアパートがあり、さらに少し離れて8世帯×3階のCアパートがあった。AやBと比較すれば、Cは確かに大きくて見かけも立派だが、それでも賃貸のアパートであることには変わりはない。

 A・Bの両アパートの10世帯で町内会のひとつの班を構成し、Cは単独でもうひとつの班ということになっていた。回覧板が行き来するのは、この班の内側である。

 住み始めて数年が経過したころから、このアパートに異変が起こり始めた。町内会の加入率が目に見えて低下していったのである。

 賃貸のアパートだから、出て行く人もいれば、新た入居する人もいる。新しく来た人が加入しなければ、班はどんどん先細りになっていく。ある年、ついに町内会の加入者はA・Bの10世帯で、私ともうひとりの計2世帯だけになってしまった。2世帯では、班とは呼べないらしい。A・Bアパートの班は、Cに吸収されて新たなスタートを切ることになった。

 転居して来た人が入らないだけでなく、気づいてみれば前から住んでいた人もいつのまにか町内会をやめていたりする。私だって町内会には別段関心もない。町内会費は腹が立つほど高額だというわけでもないが、一応払っていても恩恵に浴した実感は皆無に等しい。やめられるものなら自分もやめてしまいたいとも思うが、日ごろ地域の人たちとほとんど付き合いもない私には「自分もやめます」というのをだれに言ったらよいのかさえわからないのだ。何十年も前の流行語で「バスに乗り遅れるな」というのがあったが、「降り遅れたかな?」と後悔の念がよぎる。

 翌年、もうひとりだけいたはずのAアパートの加入者が、春先に転出。ついに「こちら側」ではひとりだけになってしまった。

 新年度の5月、Cの住人の班長さんが町内会費を集めに来た。言われるままに2か月分を払う。

 2週間ほどして、その班長さんがまたやってきた。町内会費を返す、と言うのである。
「だって、たいへんでしょう」。

 要するに、たったひとりだけの加入者のために、わざわざ回覧板を持ってくるのが面倒くさいのだ。

 こうして、私は町内会をクビになった。



枝葉末節譚 1

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